これはバラの花ではありません。淡いクリーム色の花びらが幾重にも重なって見え、その奥に小さな深紅をのぞかせる、綿の花です。畑で出会った瞬間、作物の花というよりも、丁寧に仕立てられた園芸花のような豪華さに目を奪われました。
▼ バラの花を思わせる、淡いクリーム色の綿の花

この花を咲かせたのは、国内で大切に受け継がれてきた超長繊維綿です。海島綿との系統関係を裏付ける資料はないため、正確には「海島綿」と断言することはできません。それでも、海島綿を追い求めた先で出会い、伊賀で育て始めた貴重な綿であることから、今回は「海島綿の花が咲いた」という言葉で、この開花の喜びを記しておきたいと思います。
“綿の宝石”を追いかけた先で
以前の記事「“綿の宝石”海島綿の種子輸入で学んだこと|GMコットン」では、海外から取り寄せた海島綿のタネに遺伝子組換えワタが含まれていることが分かり、すべて処分された経緯を記しました。長い時間と費用をかけて入手したタネを、目の前で失うことになった出来事です。
その経験を経て、幸いにも、国内で維持されてきた良質な超長繊維綿のタネを譲り受ける機会を得ました。有名なブランド名を持つタネではなく、海島綿との直接的な系統関係を証明する資料もありません。しかし、日本の環境のなかで世代をつなぎ、白く長い繊維を生み出してきた、かけがえのないタネです。
▼ 国内で受け継がれてきた超長繊維綿のタネ

バラのような綿の花が、畑で開いた
そのタネをまき、伊賀の土地で育ててきた綿が、ついに花を咲かせました。近くで見ると、薄くやわらかな花びらの縁がゆるやかに波打ち、花の中心には深い赤色がのぞいています。見る角度によって表情が変わり、正面から見る姿は、八重咲きのバラを思わせるほど華やかです。
▼ 見る角度によって異なる表情を見せる綿の花


この花の美しさは、単に珍しい品種だから生まれたものではありません。遠い土地から完成された答えを持ち込むのではなく、日本で守られてきたタネを受け継ぎ、自分たちの土地で育てたからこそ、より強く心に残るのだと思います。
伊賀の畑に根を下ろす
一輪の花だけを見ると、まるで観賞用の花のようですが、少し離れて見ると、そこには黒いマルチを張った畝に並ぶ綿の株があります。伊賀のひとつ屋染織農園で、雨や強い日差し、暑さのなかを耐えながら育ってきた綿です。
▼ 伊賀のひとつ屋染織農園で育つ超長繊維綿

私たちが目指しているのは、海外の海島綿をそのまま再現することではありません。この土地でよく育つ株、繊維が長く美しい株、病害虫や気候の変化にも耐えられる株を選び、タネを次の世代へつないでいくことです。時間をかけて伊賀の環境に馴染ませながら、少しずつ「ひとつ屋の綿」へと育てていきます。
花の先に、糸と布がある
綿の花が咲いたことは、ひとつの到達点であると同時に、素材づくりの入口でもあります。花が終われば実が育ち、成熟した実がはじけると、その中から綿の繊維と次の世代のタネが現れます。収穫した綿は、タネと繊維を分け、ほぐし、糸に紡ぎ、草木で染め、やがて布へとつながっていきます。
綿の花から実が育ち、白い綿毛が現れるまでの様子は、農林水産省・近畿農政局の『綿花の花が咲いています』でも紹介されています。畑に咲いた花は一日ほどでしぼみますが、その後には実が残り、やがて繊維を実らせます。
“綿の宝石”と呼ばれるものを外から手に入れるのではなく、自分たちの土地で時間をかけて育て、選び、宝石のような素材へと磨いていくこと。その最初のしるしが、淡いクリーム色の花となって、伊賀の畑に咲きました。