大阪市内で生まれ、市内の学校に通い、市内の会社に就職し、市内の人と結婚し、50歳を過ぎるまで市内で暮らしてきました。親がそうであったように、このままここで生き、ここで死んで市内の火葬場で焼かれ、市内の墓地に埋葬されるのだろう—と、漠然と当たり前に、そう思っていました。
そんな私が、自らの“最後の夢” を叶えるために大阪を離れることを決意したのは、今から7年前のこと。このブログでは毎日のように “リア充” っぽく書いていますが、本当は非常に大変な7年でした。
▼ 黄昏どきのひとつ屋染織農園

そして今ようやく、都会とは違う生き方があることを知りました。
一日を通しての時間の使い方、季節との向き合い方、それらを積み重ねてきた者の人生の終わり方――。今まで自分が正義だと思っていたこととは違う生き方がありました。それに気付けただけでも、ここに来てよかったと思います。