今日の伊賀市は、最高気温が38℃! 体感的には40℃を超える暑さです。明日からは9月だというのに—。それでも庭で、こんなものと出会いました。ちいさい秋みつけた!

早く涼しくなってほしいものですね。

今日の伊賀市は、最高気温が38℃! 体感的には40℃を超える暑さです。明日からは9月だというのに—。それでも庭で、こんなものと出会いました。ちいさい秋みつけた!

早く涼しくなってほしいものですね。

我家の裏庭には二つの池があります。いや、池なんで呼べるものではなく、ちょっとした水たまりといったほうがよいかもしれません。それでも、カエルやイモリ、ヤゴなどが生息する貴重な水場で、ときより覗き見るのが楽しみでもあります。
ところが、このところの日照り続きで二つとも干上がっています!
▼ 干上がった二つの池


ここに移り住んで丸七年が過ぎましたが、池が干上がるなんて初めてです。もちろん、ひとつ屋の農園もカラッカラの状態で、作物の生育もよくありません。毎日のように天を仰ぎ見ては雨を乞うばかりです。
夏になると「今年の夏は異常だ!」と叫ばれるようになって久しく、もはや “異常が常態化” しています。夏に何を栽培するか? 作業をどうするか? 水の確保は—? などなど、来年以降は冬支度ならぬ “本格的な夏支度” が必要そうです。

二週間のネパール旅行を終えて帰国したのは先週の中ごろ。荷物を整理したり、溜まっていた仕事を片付けたり、ワークショップをしたり—と、慌ただしい “日常” が戻ってきました。
しかし、やっぱり歳ですねぇ~。なかなか疲れがぬけません🥴
人一倍やらなければならないことが多い身なのに、酷暑も相まって本調子が戻らず、なんとなくダラダラと過ごしています。

それでも先週は「久しぶりの夏休みということで—😅」と自分を納得させてダラダラしていましたが、そろそろそういうわけにもいきません。さぁ! 頑張って活動を再開するとします。
ネパール旅行記も、畑の様子も、物づくりも—ボチボチと更新(投稿)していきます。ぜひ!楽しみにしていてください。

前回の投稿で「ネパールのバクタプルという町の機織り工房で勉強させていただくことになりました!」という報告をしました。今回は、私が学んだ工房のあるバクタプルの町を紹介します。
バクタプルはカトマンズ近郊の町で、ネパールで最も古い都市の一つです。この町は古くから中国やインド、チベットへの要衝として栄えてきました。特に、チベット商人はヒンドゥー教の秋の祭りに合わせ、供物となる羊を連れてやって来ては、その帰路に穀物や砂糖、仏典などを持ち帰ったそうです。
こうした交易がバクタプルに繁栄をもたらし、豊かな文化を育みました。今に残る壮麗な寺院や王宮の建築群、またレンガ造りの町並みは、まるで過去にタイムスリップしたかのような気分にさせてくれます。1979年には「カトマンズの谷」がユネスコの世界遺産に登録された際に、バクタプルもその一部として町全体が同時に登録されていました。
今回は、そんなバクタプルを写真で紹介します。
町並み
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王宮
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今日は私たちにとって大切な日です。『ネパール旅行記』の投稿をお休みして、遠い異国から静かに平和を祈ります。
同じ写真を使って『鎮魂』というタイトルのブログを投稿したのは、今からちょうど10年前の8月15日のことでした。それは“終戦70年”という節目の日。そして今日は終戦から80年目の日ということになります。
10年前、私は中学生の父であり、80数年前に叔父が出征するときに撮られた写真を見ながら「平和であるなら青春を謳歌しているはずの16,7歳の子に日の丸を結びつけ、“最後になるかもしれない写真” “遺影になるかもしれない写真” を撮って戦地(予科練)へ送り出す親の心を思うと、ただただ身が震えます」と書きました。
※「予科練(よかれん)」とは、正式名称を「海軍飛行予科練習生」といい、旧日本海軍で航空機搭乗員を養成するための制度のことです。14歳半から17歳頃の少年たちが、全国から試験で選ばれて、搭乗員としての基礎教育を受けました。特に、大戦末期には特別攻撃隊員(特攻兵)として多くが戦死したそうです。

そして、あえて今日という日に叔父の写真をAIによるカラー化” をしてみました。

なんとリアルなんでしょう! まるで最近撮った写真か、ドラマのワンシーンかのようで、少年たちが戦争に巻き込まれていった当時のことを真に迫って感じられます。
ちなみに、私は子供のころから叔父によく似ているといわれていました。『ネパール旅行記』の冒頭に掲載した私の写真は、この写真の叔父と同じ年齢のころです。生きる時代が違うと、こうも顔つきが違ってくることを実感します。平和な時代に生まれ育ったことに感謝するばかり。と同時に、写真が他人事ではなかったことを感じさせられます。

今日、太平洋戦争が終わって80年目の日を迎えました。
これまでの戦争で亡くなったすべての方に衷心より哀悼の意を捧げます。