カテゴリー: 染太郎日記

ひとつ屋の主催「壱つ屋染太郎」が、畑や工房、暮らしの中で感じたことを、そのまま書き留めています。結論や答えよりも、その時々の気持ちや揺れを大切にした、徒然なる日々の記録です。嬉しいことも、悲しいことも、しんどいことも、日々の中でふと浮かんだ疑問も—。そうした個人的な思いを綴ってきたのが「染太郎日記」です。

  • 雨蛙

    雨蛙

    本日の1枚は、苧麻の葉の上にいた『雨蛙(あまがえる)』です。


    雨が降る前日、朝から夕方まで、ずっとこのままここにいました。背中を丸めたメタボな蛙—、そのくせ哀愁を帯びた孤独な後ろ姿が、どうも他人事とは思えません😅

    最近、ちょっと太りすぎています(ちょっとではないかも—)。友人には二回りも大きくなったといわれました。まじヤバイ! 😱 本気でダイエットしなきゃ! 農作業にも支障が出てきたほどです😭

     

  • 世界に誇る日本の名機!

    世界に誇る日本の名機!

    田舎に暮らしていると、車は “生活の足” として必要不可欠なもの。買い物や通院はもちろんのこと、ちょっとした外出にも、車が欠かせません。

    ところが、昨今のガソリン価格の高騰で、以前のように気軽に乗れなくなりました。

    そこで、少し前からバイクが欲しいなぁ~と思うようになりました。

    そんな思いを二輪好きの息子に相談したら「燃費や故障なさ(頑丈性)、山道走行、その他さまざまな条件を考えると “世界に誇る日本の名機! ”スーパーカブの一択やで」とのこと。


    日本の名機!ねぇ~🤔

    まぁ、バイクのことをよく知っている息子のオススメなら!と購入することにしました。といっても、購入手続きから納車まで、そのすべてを息子任せだったのですが—😅 先日、無事に持ってきてくれました。

    こう見えても、バイクの免許をもっていて、昔は中型にも乗っていたんですよ。でも、およそ20年ぶりのバイクの運転は、さすがに怖い😟 息子からも「安全運転でお願いします(笑)。久々の二輪は危ないので」とのメッセージ。

    嬉しいやら、不安を掻き立てられるやらの複雑な気持ち。まぁ、ボチボチと練習して、昔の感を取り戻します!

  • 米つぶを積み上げるように

    米つぶを積み上げるように

    むかしむかし—、まだ私が出版社で働いていたとき、上司に「出版(文字組み)の “仕事は米つぶを積み上げるようなものだ” 」と、よく言われていました。

    世はバブル景気に沸いた時代。それまでの “年功序列”“終身雇用” という言葉に入れ替わり、“合理性”“実力主義”  などというフレーズがもてはやされたころです。若い自分たちは“米つぶを積み上げる”などという地味な言葉は聞き入れず、“合理的で実力ある者”がもてはやされる風潮に新しい時代を感じました。

    そして、またたく間に時代は流れ、かつて “新人類” と呼ばれた私たちも、今ではすっかり “旧人類”– –。薄っぺらな合理性は砂上の楼閣のように消え失せ、もはやそれがどういったものだったかも思い出せません。あるのは “さび付き、すり減った経験値” ばかり。今になって、かつての上司が諭してくれた “仕事は米つぶを積み上げるようなものだ” の言葉が思い出されてなりません。


    四十代も半ばを過ぎたころに、趣味の延長で始めたのが【草木染工房 ひとつ屋】でした。何となく、あの時の上司の言葉が胸につかえ、“ひとつ一つを丁寧にこなしたい” という思いから、自らの工房を【ひとつ屋】と命名しました。

    そして、それからさらに十年以上がすぎ、ひとつ屋もさまざまなところからお声がけいただけるようになりました。若いころには理解できず、四十歳の半ばを過ぎて少しわかり、さらに10年以上を経た今、新たな忙しさのなかで “米つぶを積み上げるようなもの = ひとつ一つを丁寧に!” ができているかが、また不安になります。


    今、目の前にちょっとした壁があります。さぁ、この壁を超えるか、それとも、一旦この辺で落ち着こうか—。少し前から悩んでいます。とはいえ、きっと “先に進むこと” を選択してしまうと思うのですが、その方法が問題です。今こそ、あの言葉の意味を噛みしめながら歩んでいきたいと考えています。

  • 雨上がりの夕暮れ

    雨上がりの夕暮れ

    本日の1枚は『雨上がりの夕暮れ』


    Sunset after the rain

    一日の終わり、いつも向かいに広がる青山高原を眺めながら深呼吸しては「ここに来てよかった」と思う。

  • 今年最後の筍ごはん

    今年最後の筍ごはん

    我家の裏山には竹林があります。しかし、ここも全国的に問題になっている いわゆる “放棄竹林” です。この家に移り住んでから、少しずつ手を入れてはいるのですが、正直のところ、まだまだといった状態です。

    そして、これ以上 “竹害” を広げないためにも、この時季に行う大切な作業があります。それが “筍狩り” です。と聞くと、とても長閑な風景を思い浮かべますが「雨後の筍」の言葉どおり、雨上がりの翌日などは、あちこちから筍が出てきます。その量は半端なく、夫婦二人の我家では食べきれるものではありません。しかし、そのまま放っておくと竹林は荒れ、害獣をも呼び寄せてしまうことになってしまいます。

    ゆえに、まるで “戦いのような筍狩り” が恒例の年中行事――。それでも毎年、旬の筍をいただくのは、とても楽しみです。毎日のように採りに行った筍ですが、そろそろ今年も最終版。本日の夕食は今年最後の筍ごはんと炒め物です。その季節にしかいただけない味は、田舎暮らしのだいご味でもあります!

    筍の季節が終わると、梅雨のはしりのころを迎えます。こうして季節はめぐり、少しずつ時が過ぎていきます。