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  • 秋晴れのもとで――ひとつ屋の秋仕事

    秋晴れのもとで――ひとつ屋の秋仕事

    清々しい秋晴れの日。澄んだ空気と柔らかな陽ざしのもと、草木染工房 ひとつ屋では、秋の手仕事が進んでいます。藍のタネを干し、亜麻を乾かし、緑綿や茶実ガラを選り分ける――どれも冬支度としての作業です。“農のある暮らし” のなかで受け継がれてきた「自然とともに働く時間」。そんな秋の日常を、今日は少しだけ紹介します。


    天高く馬肥ゆる秋――。今日は清々しい秋晴れです。乾いた空気、やわらかな日差し。収穫物を干すには、まさに“絶好の日より”。空の青さがまぶしく、庭の作業もついはかどります。

    秋のひとつ屋では、草木染や織りに使う素材の手入れが続きます。

    今年収穫した藍のタネを天日に干しています。これは、来年の藍を育てるための大切なタネ。小さな粒ひとつひとつに、次の季節の命が詰まっています。

    こちらは亜麻(あま)です。茎を乾燥させて糸にし、リネンとして織ります。太陽の光をたっぷり浴びた亜麻は、やがて軽やかな布となって日常に戻ってきます。

    左のざるには緑綿、右には茶綿の実ガラ。緑綿はガラ紡で糸にして布を織り、茶実ガラは天然染料として使います。
    どちらも自然の恵みを無駄にせず、次のカタチへとつなげます。


    こちらは沈殿藍(泥藍)を乾燥させて「藍錠(らんじょう)」にしているところ。発酵と時間がつくり出す藍色。ひとつ屋の染めの原点です。

    ただ、この季節になるとカメムシも元気いっぱい。憎き存在ではありますが(笑)、彼らも同じ時間を生きる仲間です。


    秋の陽ざしのもとで作業をしていると、自然と一体になったような心地になります。すべてが次の季節へとつながっていく――そんな実感を覚える一日でした。

     

  • 陸稲の畑で、自然に教えられること

    陸稲の畑で、自然に教えられること

    秋の光が柔らかくなりはじめるころ、畑の稲が色づき始めました。
    ここは田んぼではなく“畑”。水を張らずに育てる「陸稲(おかぼ)」を栽培しています。
    風に揺れる稲の姿は、どこか控えめで、それでいて誇らしげ。
    自然の中に立つその姿を見ていると “人が手を貸す” というより “自然に手を添えさせてもらう” という感覚になります。
    ※以前のブログ『陸稲』もご覧ください。

    昨年は「もち米」の陸稲を育てました。天候にも恵まれ、予想以上の実りをいただきました。その成功に気をよくして、今年は「うるち米」に挑戦!「どうせ育てるなら、ご飯のお米を」と、少しばかり欲が顔を出したのです。
    けれど、自然はそんな心の揺れを静かに映し返す鏡のよう。猛暑と雨不足が重なり、稲は思うように伸びず、実りもまばらでした。結果は「大失敗」。でも、それもまた畑が教えてくれることのひとつです。

    刈り取りの日。鎌を入れるたびに、稲の香りがふわりと立ちのぼります。豊かでなくとも、確かに実りはありました。倒れかけた稲を束ね、整然と並べていく作業は、まるで自分の心を整えるようでもあります。
    「うまくいかない年もある」――そう受け入れることで、人はまた一歩、自然に近づけるのかもしれません。

    稲を手に取ると、陽を含んだ穂が柔らかく光ります。ひと粒ひと粒に、夏の日々の記憶が宿っているようで、「よくここまで」と声をかけたくなります。
    自然は“報酬”を約束してくれませんが、“気づき”をくれます。それが、畑を続ける理由なのかもしれません。

    刈った稲は、今こうして納屋の天井に吊るされています。風が通るたびに、カサカサと小さな音を立てて揺れます。その音を聞いていると、不思議と心が落ち着きます。
    来年はまた「もち米」に戻そうと思います。
    身の丈に合った方法で、無理せず、自然の流れに身をゆだねてみよう—。人が自然を育てるのではなく、自然が人を育ててくれる――そんな当たり前のことを、改めて教えられた一年でした。