投稿者: hitotsuya

  • 黄昏どき

    黄昏どき

    大阪市内で生まれ、市内の学校に通い、市内の会社に就職し、市内の人と結婚し、50歳を過ぎるまで市内で暮らしてきました。親がそうであったように、このままここで生き、ここで死んで市内の火葬場で焼かれ、市内の墓地に埋葬されるのだろう—と、漠然と当たり前に、そう思っていました。

    そんな私が、自らの“最後の夢” を叶えるために大阪を離れることを決意したのは、今から7年前のこと。このブログでは毎日のように “リア充” っぽく書いていますが、本当は非常に大変な7年でした。


    ▼ 黄昏どきのひとつ屋染織農園

    そして今ようやく、都会とは違う生き方があることを知りました。

    一日を通しての時間の使い方、季節との向き合い方、それらを積み重ねてきた者の人生の終わり方――。今まで自分が正義だと思っていたこととは違う生き方がありました。それに気付けただけでも、ここに来てよかったと思います。

  • 暑いものは暑いッ!

    暑いものは暑いッ!

    まだ6月も半ばだというのに、ここ伊賀(三重県)でも35℃に迫る暑さ!

    こう暑いと何もしたくなくなる。

    炎天下での野良仕事はもちろんのこと、屋内での物づくりにも集中できない。

    こうも暑いと体力が奪われ、ときには扇風機の前で昼寝をしてしまう。オヤジでも、暑いものは暑いッ!
    (※ わたしくハゲてはおりません――🤫)

  • 駅

    人気のない駅。朝も、帰りも—、ここに立つと大きな深呼吸をしてしまいます。

  • 西洋茜の本格的な栽培をスタート

    西洋茜の本格的な栽培をスタート

    先日のブログ『日本茜の本格的な栽培をスタート』に、ひとつ屋染織農園で細々と育てていた「日本茜」を今年からは本格的に栽培するということを書きましたが、実は同時に「西洋茜」の栽培もスタートさせました。


    ひとつ屋染織農園では10年前から西洋茜も栽培しているのですが、とても少量だったので、本格的な栽培のために種苗店で苗を購入しました(当時のブログ『西洋茜の収穫』もご覧ください)。

    ▼ とてもよい苗が届きました!


    栽培地(三重県伊賀市)の環境に慣らすために、2週間ほどはポットのままにしておき、その後に圃場へ定植しました。

    ▼ まずは圃場で株間を確認するため、ポットのまま畝(うね)に配置していきます。


    予定の個数がちょうどよい配置になったので、ひとつ一つ苗をポットから丁寧に出して圃場に植えていきます。

    ▼ すでに、しっかりと根が赤いんですよ。

    ▼ すべての苗の植え付けを完了しました。

    ▼ その後、竹の枝を利用した支柱を立てていきます。茜は蔓性の植物なので、これに絡みながら生長していきます。


    日本茜と同じく、収穫できるのは早くて2年後。とても気の長い話です――😅

    まずは、染料に先行して来春にはタネか苗の販売をしたいと思っています。うまくいくのを ぜひ!楽しみにしていてください!

  • 開拓者

    開拓者

    ひとつ屋染織農園から見える山の風景が大好きです。

    そんな山の谷間に昭和の中ごろまでは水田として利用されていた耕作地があります。南向きの日当たりのよい場所で、水路(水)もあるそうです。しかし、ここで作物が作られなくなって、もう数十年――、今では笹竹が生い茂って、その先が見通せず、全体の広ささえ確認できないほどの状態です。

    この耕作地を貸していただけることになりました! これだけ笹竹が生い茂ると再生するのも容易ではありません。それでも、ここを再生して染織に関わる植物ばかりを栽培しようと思っています。それは、もはや開拓者の心持ちです!

    ぜひ! 楽しみにしていてください!