一昨日から降り続く雨—。いつもは賑やかな里山の虫や鳥たちも、今日はとても静かです。
子供のころから雨の日が好きでした。というのも、物づくりに集中できるからです。ただ雨音だけを聞きながら今も作業をしています。

ひとつ屋の主催「壱つ屋染太郎」が、畑や工房、暮らしの中で感じたことを、そのまま書き留めています。結論や答えよりも、その時々の気持ちや揺れを大切にした、徒然なる日々の記録です。嬉しいことも、悲しいことも、しんどいことも、日々の中でふと浮かんだ疑問も—。そうした個人的な思いを綴ってきたのが「染太郎日記」です。

一昨日から降り続く雨—。いつもは賑やかな里山の虫や鳥たちも、今日はとても静かです。
子供のころから雨の日が好きでした。というのも、物づくりに集中できるからです。ただ雨音だけを聞きながら今も作業をしています。


実は、このブログ、ひとつ屋が始まる随分と前から続けているのですが、今からちょうど10年前、この店がオープンするのをきっかけに、物づくりに関係ない記事やプライベートな投稿は削除しました。今考えれば、もったいないことをしてしまいました。
最近になって過去のブログを整理していると、投稿記事は削除されていますが、当時の写真がサーバーに数多く保存されていることに気付きました。
その一つがこれらの写真です。確か—、当時『原始人カレー』というタイトルで投稿した記事の写真で、ご覧のとおり、焚火でカレーを作っている様子です。





実はこれ。幼稚園の年長さんだったか、小学校1年生だったかの息子と二人でキャンプにいったときに作ったカレーなんです。キャンプといってもテントで寝泊まりしたのでもなく、母の実家の裏山で、このカレーを作っただけなのですが、そのコンセプトは「食材はスーパーで買っても、鍋以外は現代の調理器具を一切使ってはダメ! 原始人のように自然の中にあるもので調理すること!」というもので、肉や野菜を切ったり、皮をむいたりするために河原へ行って尖った石や表面がザラザラしたものを探して調理しました。なので、具材が3枚目の写真にあるように、大きさも切り口もバラバラなんです(笑)。
もちろん、ランプも着火剤もライターもありません。さすがに火打ち石や火起こしは使いませんでしたが、スタートは数本のマッチだけ。数本で火を起こすのに失敗すれば、晩御飯なし!という状況に、ドキドキ & ハラハラで泣きそうだった息子の顔が、20年近くたった今も昨日のように思い出されます––。
と、なぜ今日のブログにこんなことを書いたかというと、昨日の投稿『夏休み企画 【草木染 親子体験教室】を終えて』のなかで「キットではなく、マニュアルもなく、ましてやネット(スマホ)検索することもダメ!「 失敗してもいいので自分で考えてやってみよう!」をコンセプトにしたと書きましたが、実はその背景には、この「原始人カレー」の経験があったからなんです。
私は教育者ではないので、難しいことは分かりませんが、大人には失敗に見えても、子供には“ 大成功!” ということがたくさんあるんでしょうね(知らんけど🤭)。とにかく、この見た目の悪いカレーが、とても美味しく、二人にとって良い思い出であることは事実です。
追記/時おり、昔の写真を探しては懐古的な投稿をするかもしれません。よろしくお願いいたします。

暑中お見舞い申し上げます。
猛暑のなか、あちこちで夏祭りの後片付けが行われていました。それにしても毎年、暑さが増していますよね。もう、お祭りに行く気力もありませんでした――😴

私は、このところの無理がたたったのか、それとも夏バテか—。実は、この数日間 体調を崩しておりました。といっても、どこかに不調があったわけでなく、とにかく何もせず寝ました。ほんとッ! 七日七晩、眠り続けました。
中学生でもあるまいし、そこまで寝れるか!?って自分でも思うほど、とにかく眠り続けました😴
おかげで、随分と元気にはなりましたが、寝すぎで腰が痛いです――😅
皆様も、くれぐれも無理をせず、この酷暑を乗り切ってください。

古民家に暮らしていて、いつもより少し手の込んだ掃除をすると、よく出てくるのが “古いお金” です。今日も、あちこちから出てきました。
ちょっと調べてみると、お札のほうが昭和21年(1946年)発行の1円札で「二宮尊徳」が肖像だそうです。

そして、硬貨のほうは「桐一銭青銅貨」と呼ばれるもので大正5年(1916年)に発行されたそうです。今回見つかったものには「昭和十三年」とあるので、このデザインの1銭硬貨としては再末期のもののようです。ちなみに、昭和13年にはアルミ製の「1銭黄銅貨幣(烏)」が発行されています。

祖父母たちがこのお金を使った時代に心をはせると、とても不思議な気持ちになります。大正デモクラシーも終わり、遠くに軍靴が聞こえる時代、そして終戦直後の混乱期--。くしくも先日、新しい紙幣が発行されたばかり。ありきたりな言葉ですが、新しい紙幣が使われるのが、よい時代であることを願います。

ここ(三重県伊賀市)に来て6年の月日が流れました。今になって思えば、若くもないのに “無謀な冒険”だったような気がします。“縁もゆかりもない ” 場所に、夫婦二人だけで乗り込んできたのですから—。
なので、当初は知人・友人はおろか、話せる人もいない状態で始まり、孤立するばかりの二人。それに追い打ちをかけたのがコロナウイルスのパンデミックでした。
これにより、村のすべての行事が中止となり、ここに暮らす人々と出会う機会さえ失われてしまいました。
まぁ、そのころは家(古民家)の改装にも忙しく、ある意味それはそれでよかったのかもしれませんが、やはり何となく寂しい日々でもありました。

先日のブログ『祇園祭』でも書きましたが、ようやく徐々に村の行事が復活し、それに参加させていただく機会も増えてきました。すると、顔見知りになったり、冗談が言い合えたり、🍻 が呑める間柄になったり—と、徐々に徐々に親しくさせていただけるようになりました。
今では、大阪で暮らしていたときよりも、ご近所の人と話すことが増えました、齢50を過ぎての大冒険でしたが、今ここにいることの悔いは全くありません!
よく「田舎では時間の流れ方が違うんです」なんて言葉を耳にしますが、確かに私が生まれ育った大阪とは良くも悪くも時の流れが異なります。ただ、私にはここでの時間の流れ方が性に合っているような気がします。
今では “縁もゆかりもない ” はずだったここが、私は大好きです。この思いこそが、私とこの地を繋げてくれる “縁とゆかり” なのかもしれません。それでも、まだまだ私は旅を続けたいような気がしています。ただ、大阪で続けていた “根無し草” の旅ではなく “帰る場所がある旅” がしてみたいと初めて思うようになりました。そんな感覚に自分でも驚くばかりです。