中庭から見える里山の端に大きな欅(けやき)があります。冬の北風のなかも、月夜の夜も、雨の日も、輝かしい新緑の季節も—、いつも変わらず、どっしりとここにいます。この木のように、自分を見失わず、他人に流されず、いい時も悪い時も一喜一憂せず力強く生きてほしい!と、息子に「欅」の意味のある名をつけたのは20年も前のこと。そして、今は私自身がそうありたいと願っています。





中庭から見える里山の端に大きな欅(けやき)があります。冬の北風のなかも、月夜の夜も、雨の日も、輝かしい新緑の季節も—、いつも変わらず、どっしりとここにいます。この木のように、自分を見失わず、他人に流されず、いい時も悪い時も一喜一憂せず力強く生きてほしい!と、息子に「欅」の意味のある名をつけたのは20年も前のこと。そして、今は私自身がそうありたいと願っています。





アッという間に14歳になった息子。少し前までオムツをしていたはずなのに
最近では一人前なことを言うようになった。
まぁ、そういう お歳ごろ— ![]()
中学に入ってからは明けても暮れてもクラブ活動。日々の練習に加えて遠征や合宿ばかりで
まったく家にいない ![]()
しかし!! そのかいあって 全国大会出場 を果たしました。

でも、僕は応援には行けない。いや、行かない ![]()
先日痛めた膝が痛いから! というのは言い訳で、実は、必死に戦う息子を見たら、きっと 泣いてしまうからだ![]()
でも、こっそり見に行こうか―― なんて思案しているうちに大会は終わってしまった。![]()
結果はベスト16
そして昨夜のこと、車で新大阪駅まで、そんな息子を迎えに行った。

すでに僕より背は高く、親といるより友だちといたほうが楽しいという。次第に遠のいていこうとする息子――。ひとりっ子だけに寂しさが身に染みる
でも、それは喜ばしく、仕方のないことなのだろう。

随分と前のブログ『息子の人生、親の思い』に書きましたが、この春から息子は地元の中学へは進学せず、とあるスポーツのために特別な学校へ通っています。くる日も、くる日も、ひたすらに猛練習。入学以来、たった一日の休みもなく、すでに体は真っ黒に日焼けし、膝や肘は傷だらけです。
が、そんな練習にもかかわらず、先日の夏の大会では十数年ぶりに全国大会出場ならず、大きな辛酸を舐めたようです。そして、これにて三年生は引退。チームは大きな節目を迎えることとなります。

ところが、さすが強豪校。すぐに頭を切り替え、翌日には新しいレギュラーが発表となり、次の大会を目指しての猛練習が始まりました。そんな新メンバーに、なんと一年生の息子が選ばれたのです! これまでの彼の努力を見てきた親としては、これほど嬉しいことはありません。
が、喜んでいるのは親ばかりで、本人は、いたって冷静。それどころか、レギュラー昇格後は顔つきまで変わりました。それまでは、まだまだ心のどこかに “スキがあれば、サボりたい!” というような甘さが漂っていましたが、最近では、なんとなく “ 覚悟 ” のような雰囲気を醸し出し、まぶしいほどに輝いています。
ほんと!! えらいもんですねぇ。
ついこの前までは、まったくの子供だったのに、環境があんなにも顔つきを変えるんですね。そんな息子の顔を見ていて、親ながら恥ずかしい気にさせられます。そう、もう新しい工房に移って、もうすぐ丸二年。なのに、いまだ店がオープンできていません。この夏、腰痛で床に伏した間に思ったのですが、僕には全く“ 覚悟 ” が足りていません。そろそろ覚悟を決めなければならいようです。

いまだにガラケーを使っています。周囲でも僕一人になり、まるで “生きている化石” 扱いです。
でも、こんないいこともあります! 先日、息子からこんなプレゼントをもらいました。

おぉ~ “ひつじのショーン” のストラップやん! しかも!! 大阪限定バージョン!実は “ひつじのショーン” が大好きなんです。
ぎっくり腰のあと、いいことがなかったので、これで運気が変わればラッキーです。

先日、わが家へ息子の友達が泊まりにきた。中学一年生が総勢4人。みな同じクラブで、見分けがつかないほどに日焼けた顔に坊主頭。笑うと歯だけが目立つ。最近では珍しくなった風貌をしているが、屈託なく笑いながら食事でもしている様子を見ていると、こちらまでが幸せな気分になる。
その数日後、NHKで『原爆の絵――市民が残すヒロシマの記録』という番組を見た。これは被ばく直後の広島を後に市民が描いた絵を紹介する内容だったのだが、3000点に達する“原爆の絵”のなかに、わが子とその友達を連想させるものがあった。

それは原爆が炸裂した直後の午前9時ごろ、熱線に焼けただれた姿で座り込んだ3人の男子中学生を描いたもので、そのうちの一人が、飛び出して垂れ下がった自らの眼球をその手で受け止めている場面だった。解説によると、すさまじい爆風圧によって気圧が下がり、眼球や内臓が飛び出してしまうことがあったという。熱線、爆風圧、そして放射能—、まるでボロ雑巾のような姿となった子供たちの多くが、軍需工場や食料生産、建物疎開作業に動員された学徒(中等学校以上の生徒や学生)だったという。
そして、この絵の最後に添えられていた『「お母さん・・・」と絶句が聞こえる。』の一文に、身が震えた。
これが、わが子だったら――。
妻は、この番組が見れなかったという。僕も、その日は絵と息子たちの笑顔が重なってしまう。
そして、ただただ涙があふれる—。