カテゴリー: ブログ

ひとつ屋の日々の仕事や判断、その背景にある考えを、いくつかのカテゴリーに分けて記録しています。畑で植物を育て、染め、織り、道具を整え、作り続ける。その過程で起きた迷いや選択を、現場の視点から綴っています。完成品だけでなく、そこに至るまでの時間や思考も含めて残す記録です。

  • がんばるんば!

    がんばるんば!

    とにかく、慌ただしい毎日を過ごしています。朝起きてから寝るまで、ずっと何かに追われているようです。やってもやっても仕事は減らない――それどころか、増えていくばかりです。

    というのも、「あれもしたい」「これもしたい」と、次から次へと“やってみたいこと”が浮かんでくるからです。気づけば、今やっていることをそっちのけにして、頭の中が新しいことでいっぱいになってしまいます。

    困ったことに、その“やってみたいこと”に、うまく時間を配分できません。若いころのような体力も集中力もなく、段取りも悪くなってきました。でも、不思議とやりたいことだけは減らないんです。むしろ、年を重ねるほどに増えている気さえします。

    そろそろ、新しく貸していただいた放棄耕作地の開拓も始めなければなりません。そう思いながらも、やることリストを前にして、どこから手をつけようかと考えているうちに、日々が過ぎていきます。

    がんばるんば!

    それでも朝になれば、顔を洗い、歯を磨いて、鏡のなかの自分に言い聞かせます。「がんばるんば!」と。すっかり死語になったこの言葉ですが(笑)、なぜだか心の整理がつくんです。

    きっと明日も同じように言うのでしょう。「がんばるんば!」と。そして、私の慌ただしい日々は、まだまだ続きそうです。

  • 火鉢のある暮らし

    火鉢のある暮らし

    数年前の冬に投稿したブログ『火のある暮らし』で「田舎での冬の古民家暮らしは寒くて大変です。家は広いし、隙間風も多いし—で、あまりにも冷えるので、勝手口の土間に小さな火鉢を置いて炭を焚いてみました」と書きました。以来、毎年、暮らしのなかに火鉢を取り入れています。

    そして今年はバージョンアップ。せっかく “火鉢のある暮らし” をするなら、もっと雰囲気を出そう!と思って、火鉢まわりのいろんなアイテムを取り揃えてみました。こんなにも前近代的なアイテムなのに、今じゃネットで簡単に買えるんですよ。しかも安価に—(笑)。

    火鉢のある暮らし

    今日は伊賀(三重県)でも “木枯らし1号” が吹きました。そろそろ、今年も火鉢の出番です。そんな新しい火鉢を囲む時間は、不思議と“静けさ”も連れてきます。炭がほんのりと灯り、鉄瓶の中で湯がゆるやかに鳴る――その音を聞いていると、外の風の冷たささえどこかやさしく感じ、ゆっくりと時間が流れます。昔の人たちも、こうして冬を過ごしていたのだろうと思うと、日々の暮らしが深まっていく気がします。

    冬の始まりに、そんな時の流れを楽しんでいます。

  • 成長はするけれど老いない

    成長はするけれど老いない

    久しぶりに旧友たちとの飲み会――。
    集合場所に早く着いたので、まるで癖のようにスマホを開いた。
    目に映るのは、いつもと変わらない情報ばかり。

    そんなとき、ふと思い出したのが、先日、息子と話したAIのこと。
    あまり興味もなかったし、自分には関係のない世界だと思っていたが、深くも考えずに開いてみた。

    とはいえ、何をどうしていいかもわからない。
    「質問してみましょう」という欄があったので、まず「あなたの名前は?」と書き込んでみる。
    すると、「名前はありません。必要なら決めてください」と返ってきた。
    ふ〜ん、AIってそんな感じなんだと思った。

    さらに「何歳ですか?」と問うと、こう答えた。
    「私には年齢という概念がないんです。記憶は積み重なりますが、時間の流れは感じない――つまり“成長はするけれど老いない”存在です」と。

    驚いた! “成長はするけれど老いない存在”と答えるなんて。
    さらにAIは、「老いるというより、深まる存在です」とも言う。

    正直、脱帽だ。
    この言葉は、私にとって “良くも悪くも” これからの人生を考えるうえで、とても深いテーマになりそうだ。

    ——とにかく、飲み会の前に、いいネタを仕入れることができた。

  • ゆらめく炎を眺めながら—。

    ゆらめく炎を眺めながら—。

    長い夏が終わり、猛暑で手付かずになっていた庭を、ようやく片づけることができました。
    庭で枯れた枝や草を拾い、裏山で朽ちた竹を集めては火を起こします。

    ぱちぱちと音を立てながら燃える枝を見ていると、夏の名残を手放しているような気がします。

    煙が静かに立ちのぼり、夕暮れの空に溶けていきました。「秋の日は釣瓶落とし」という諺を実感します。
    暗くなってから火のそばに腰を下ろし、ゆらめく炎をただぼんやりと眺めていると、忙しい毎日をほんのひととき忘れさせてくれます。

    火は、人の手で扱う最も古い自然の力です。
    燃えゆくものは土へ還り、やがて新しい命の糧になる――。
    そう思うと、片づけの時間もどこか穏やかなものに感じられます。

  • 引き続き「思いを実践する場」にするために

    引き続き「思いを実践する場」にするために

    ちょうど1年前に『古い時代の生産のカタチ』というタイトルのブログを投稿しました。

    そのなかで「この場所を “自らの思いを実践する場” へと変えていこうと考えています」と書いています。
    ところが、今なお ↓ こんな状態――🫣 ご覧のとおりのありさまです。

    道具は揃いつつあるものの、完璧とはいえない――。
    やりたいことはたくさんあるのに、時間が足りない――。
    そんな日々で、気づけば1年が過ぎていました。

    それを見ては「まだまだだな」と、ため息ばかり。
    次の一年は、もう少し“実のあるもの”にしていきたいと思います。