昭和60年(1985年)、17歳の高校2年生だった私は、夏休みに初めての海外旅行へ出かけました。
行き先は、タイのバンコクとシンガポール。約1週間の旅でした。
同級生5人で出かけたこの旅は、私の人生の中でも、最も楽しく、美しい記憶の一つです。そして、新しい世界を知る、とても素晴らしい経験となりました。
▼ 当時、関西国際空港はまだなく、出発は大阪国際空港(伊丹空港)からでした
関西国際空港が開港したのは1994年9月4日です。1985年当時、大阪国際空港(伊丹空港)は、関西から海外へ向かう空の玄関口でした。


(宗教施設ではありません。公園にあったオブジェです)
▼ ただただ楽しかった、素晴らしい夏の思い出です

それから、ちょうど40年後の夏。
私はあの日と同じような――いや、それ以上に緊張した気持ちで、新たな旅の準備をしています。
今回の行き先は、ネパール。
そう! ヒマラヤと、ひとつ屋のスタッフであるビジャ君の母国です。
※ ビジャ君については、以前のブログ「ネパール募金」で紹介しています。
ビジャ君に同行してもらう今回の旅には、大切な目的があります。
ネパールの伝統的な染織品や工芸品を見て、それらを生み出す人々の仕事に触れること。そして、その製作に使われている器械――機械ではなく、人の手とともに働く「器械」――を実際に見ることです。
中でも、最も見たいと考えているのが「力織機」です。ひとつ屋が「機械」ではなく「器械」という言葉を使う理由については、「明治の“器械”と令和のAI」でも紹介しています。
40年前も、新たな世界へ向かうドキドキとワクワクに満ちた旅の始まりでした。
今回も、それに負けず劣らず、期待と不安で胸がいっぱいです。
当時は、カセットテープにお気に入りの曲を録音し、ウォークマンで聴いていました。今回は、あえて同じ曲をスマートフォンで聴きながら旅をしてみようと思います。
あの頃の3倍以上の歳になり、体重も1.5倍になったおっちゃんが、もう一度、新しい世界へ飛び出します。
以前に書いた「おっちゃんの大冒険――今日という日」から始まった物語が、いよいよネパールへと続いていきます!
さぁ! 行ってくるとします!
旅の続きは、「ネパール大旅行記(1)|カトマンズ到着」で紹介しています。