タグ: だいがく

  • 二つの故郷

    二つの故郷

    田舎暮らしに憧れ、大阪を離れて三重県(伊賀)の山里に古民家を購入したのは2018年の初夏のころでした。早いもので、もう7年が過ぎました。ここでの暮らしにも慣れ、最近では大阪にいても「早く伊賀に帰りたいなぁ~」と思うことがしばしばです。

    そんなおり、大阪の知人から短い動画が送られてきました。

    そういえば、今日は生まれ育った街の夏祭り――。100年以上前に祖父がここに移り住んで以来、父、私、息子と毎年欠かさず見た故郷の風物詩です。今、この地を離れても、私には忘れられない夏の思い出が、この動画の風景にはいっぱい詰まっています。

  • あれから10年――

    あれから10年――

    4年ぶりにいつもの雰囲気での開催となった地元の祭り――。かつて、この辺りが農村だった時代に豊作と雨を願う農民たちの素朴な祈りに、その起源があるそうです(詳しくは『だいがく祭と勝間木綿』をご覧ください)。

    祖父も、父も、私も、息子も—、代々と楽しみにしてきた地元の祭り、4年ぶりとなった今年は、それまでとはちょっと違った心持で参詣してきました。

    ちょうど10年前に書いたブログ『時の流れは早いもの』には、当時、一緒に行ってくれなくなった息子への思いと、その寂しさを書いていました(涙)。あれから10年、その息子は結婚し、世の中はコロナに震撼し、たかが10年ですが、社会も私の環境も激変しました。さらに10年後、私はどんな気持ちで、この祭りをみていることでしょうか—。かつての農民たちのように、ただただ平穏な暮らしを祈るばかりです。

    あれから10年---

     

  • だいがく祭と勝間木綿

    だいがく祭と勝間木綿

    私の暮す地域では、7月24日、25日に夏祭りが催されます。かつて、この辺りは「勝間(こつま)木綿」と呼ばれた綿花の産地であったそうです。今ではすっかり都会になって、勝間木綿も失われてしまいましたが、この夏祭りだけが、ここが農村だったことを今に伝えてくれています。

    高さ20mもの柱に70個の提灯を飾りつけた「だいがく」と呼ばれる櫓(やぐら)は、たわわに実った農作物を提灯があらわし、上部に取り付けられた数多くの鈴が雷や雨をあらわしているそうです。つまりは、豊作と雨を願う素朴な農民の祭りだったというわけです。

    そういえば、ちょうど木に綿が実っているかのようです。木綿の産地のこと、もしかしたら綿花の豊作そのものをあらわしているのかもしれません。

    かつて、このほかにも同様の「だいがく」があったらしいのですが、この一基を残して戦災で失われたそうです。

    今、栽培している和綿は勝間木綿ではありませんが、連日の猛暑で少し元気がないように思うので、この神事に私も雨と豊作を祈願しました。

  • 時の流れは早いもの

    時の流れは早いもの

    先日、氏神様の夏祭りがありました。この祭りを飾るのが「だいがく」と呼ばれる高さ約20mほどの柱に70個もの提灯を付けた櫓。

    今では、すっかり大都会の一部になったこの辺りですが、明治時代のころまでは農村だったらしく、この「だいがく」は、たわわに実った作物を提灯で表し、豊作と雨を祈願したものだそうです。


    僕が生まれて間もなくの1972年には大阪府の有形文化財に指定されています。ちょうどそのころ、僕は父に肩車されて、この「だいがく」を見ていました。その後は親とではなく、近所の友達と行くようになり、高校生になれば彼女と一緒、そして妻、さらに息子を肩車していくようになりました。時代とともに一緒に見る人が変わり、今年は息子も「お祭りは友達と一緒に行くからなッ!」と、もう僕とは行ってくれなくなりました(涙)。

    今年はかつてのように妻と二人きり。さみしくもあり、うれしくもあり――。そんな気分の僕に妻が「しばらくは、この状態やでぇ。奥さんのこと、大事にしときやッ!!」と。確かに孫と一緒に来るには、まだまだ時間がありそうなので、今はこの時を楽しもうと思います。それにしても 時の流れは早いものです。