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  • 祇園祭

    祇園祭

    ちょうど1年前に『祇園祭』と題したブログを書きました。 といっても、絢爛豪華な山鉾が巡行する京都の大祭ではなく、わが村の小さな小さな「祇園祭」のことについてです。それでも、京都と同じ「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」をお祀りする由緒正しい祭事。今日は早朝から村道の草刈りをし、午後からは伝統の花飾りを作って神社に奉納しました。

    新型コロナウイルスのパンデミック以後は、花飾りも簡略化されていましたが、6年ぶりに正式なものが復活しました。移住組の私にとっては、正式なものを作るのを手伝わせていただくのが初めてだったので、とても新鮮な気持ちになりました。


    ▼ 昨年(’24)の花飾りは、簡略化されたものでした。

    ▼ 今年(’25)は、下部の花笠が復活し、本来の姿を取り戻しました。村人で作った和紙の花が涼風に揺れるさまには、都会の祭りにはない素朴な風情と、何百年も受け継がれてきた慎ましい願いが感じられます。
    祇園祭


    ▼ 村人によって、花飾りが立てられていきます。
    祇園祭

    ▼ 神事を待つ村人。
    祇園祭


    かつては多くの子供たちが参加する 大切な年中行事だったそうですが、過疎と高齢化で次第に規模が小さくなり、奉納する花飾りも1基となって久しいそうです。それでも、都会に生まれ育った私には、どれもが新鮮で、何百年も続けられてきたのかと昔を想像すると、ここに参加させていただいていることに感謝するばかりです。

    全国各地では、すでに失われた神事がたくさんあることでしょう。歴史が消え、記憶が消え、そして人の営みが消えてしまうのは、とても残念なことだと思っています。何かの縁で、ここに暮らすことになったので、私にできることはやっていきたいと静かに願っています。

  • ここに来てよかった

    ここに来てよかった

    私が暮らす村では、毎年、秋に住民たちによる村内の草刈りと林道整備があります。朝、皆が思い思いの道具を携えて公民館に集まり、割り当てられた場所の草刈りや溝掃除、倒木の整理などを行います。


    ▼ この数年は雨が続きましたが、今年は晴天に恵まれました。

    私たちの班は峠へと通じる林道の整備が担当。今でも軽トラック一台がやっと通れるほどの道なのですが、昔はさらに細く、牛に引かせた小さな荷車が通れるくらいの道だったそうです。

    ▼ 山の清々しい空気に満ちた林道

    今ではめったに人も通らない道ですが、かつては隣村に通じる重要な生活道路だったそうです。さまざまな物資が人や牛の背に担がれて峠を越えたと聞きました。そんな古道には、行き交う人々を見守ってきた弁天さんと地蔵さまが、今もひっそりと佇んでいます。

    ▼ 弁天さんの祠

    ▼ 村の境界――峠で人々を見守ってきたお地蔵さん

    こうして村の行事に参加させていただいて、いつも感じるのが “ここに暮らしてきた人々の息遣い” です。そして、何百年と続くその営みに触れるたびに「ここに来てよかった」と心から思います。


    弁天さんと地蔵さまの掃除も済ませ、里に下りてくるころには陽もすっかり傾き、山並みを美しく染めています。ほかの班の帰りを待って、恒例のお疲れ様会 🍻 が始まります。正直、なんといってもこれが楽しみなんです! 改めて「ここに来てよかった」と思います。

  • 祇園祭

    祇園祭

    今日は「祇園祭」です! といっても、山鉾巡行のある、あの京都の大祭ではなく、わが村の小さな小さな「祇園祭」です。それでも、京都と同じ「素戔嗚尊(スサノオノミコト)」をお祀りする由緒正しい祭礼。今日は早朝から村の草刈りをし、午後からは奉納する花飾りを作って神社での神事、さらに! 夜は慰労会でした――。


    昔は多くの子供たちが参加する 大切な年中行事だったそうですが、過疎と高齢化で次第に規模が小さくなり、奉納する花飾りも簡素化されたようです。それでも、都会に生まれ育った “移住組” の私には、どれもが新鮮で、まるで “民俗学者” にでもなったような気分で眺めていました。

    全国各地では、すでに完全に失われた神事がたくさんあるのでしょう。歴史が消え、記憶が消え、そして人の営みが消えてしまうのは、とても残念なこと。何かの縁で、ここに暮らすことになったので、私にできることはやっていきたいと思っています。