カテゴリー: ブログ

ひとつ屋の日々の仕事や判断、その背景にある考えを、いくつかのカテゴリーに分けて記録しています。畑で植物を育て、染め、織り、道具を整え、作り続ける。その過程で起きた迷いや選択を、現場の視点から綴っています。完成品だけでなく、そこに至るまでの時間や思考も含めて残す記録です。

  • 『あべのハルカス 三十六景』 第十景 「熊野街道」

    『あべのハルカス 三十六景』 第十景 「熊野街道」

    葛飾北斎の『富嶽三十六景』にちなんで始めた『あべのハルカス 三十六景』。第十景となる今回は、ハルカスの南に延びる「熊野街道(くまのかいどう)」 からの眺めです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第十景 「熊野街道」
    熊野街道とは、京都から淀川を船で下り、大阪の天満橋付近に上陸してから四天王寺を過ぎ、あべのハルカスの下を通り、住吉を経て堺を南下し、和歌山県に入って紀ノ川を渡り、幾つもの峠を越えて熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へ向う道のことです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第十景 「熊野街道」
    その途中には、熊野の遥拝所である幾多の王子社(九十九王子/くじゅうくおうじ)があり、かつて人々は旅の途中にこの社で奉幣し、そこで休憩しながら熊野を目指したそうです。

    その一つが、あべのハルカスのすぐ南にある「阿倍王子神社(あべおうじじんじゃ)」で、先日は夏季氏子大祭が斎行されました。大阪市内では珍しく、戦禍を免れた地域の多い阿部野の細い路地を大きな山車がお囃子とともに引かれていきます。

    かつては天皇や上皇が熊野へ通った街道――。今も古い家並みと大きな山車が似合う町ですが、その向こうに聳え立つ巨大なハルカスが印象的な風景を見せてくれています。

  • オリジナルのほうへ

    オリジナルのほうへ

    できるだけ着やすい“普段着”を作ろうと心がけているので、どうしてもTシャツやポロシャツなどになり、必然的にニット生地を使うものが多くなってしまいます。

    ところが、ニット生地は染色には不向きだといっても過言ではありません。この生地の長所である伸縮性が、染色の工程では短所になってしまうからです。たとえば、染料のなかに浸して染めても形が崩れたり、伸子に張ると伸びてしまったり、絞り染めをしても柄がはっきりしなかったりします。

    そこでッ!! 布帛(織地/ふつうの布)とニット生地を併用した服を作ろうと以前からいろいろと考えた末に、ようやく!! その型紙を描くことができました。

    オリジナルのほうへ
    まずはニット生地の着やすさと、布帛でできる染色の面白さを兼ね備えた「鯉口風Tシャツ」です。型紙の上ではできるはずなので、次は試し縫いです。

    これが成功したら、もっともっと “ひとつ屋らしいオリジナル” のほうへ進んでいきたいと思っています。

  • 帰化植物

    帰化植物

    猛暑が続いていた先日のこと、夕涼みをしようと思って大和川(やまとがわ)の河川敷を散歩しました。で、よく見ると、あるあるッ!! 生い茂った夏草のなかに“染料となる植物”が。栴檀草(センダングサ)に山牛蒡(ヤマゴボウ)、それに背高泡立草(セイタカアワダチソウ)などなど。

    漢字で書くと実感が薄れますが、実はどれもが「帰化植物(外来種)」です。明治時代以前の日本には存在しなかった植物ばかり。が、そのなかに芒(ススキ)に似た「刈安(カリヤス)」があるじゃないですかッ!!

    帰化植物

    「刈安」は文字どおり“刈りやすい草”の意味で、どこにでも自生し、よく群生する植物のため、奈良時代には庶民の衣服を染めるための染料して活用されたことが記録にも残されているそうです。

    そんな「刈安」が川原を覆いつくすほどある!

    な~んて、喜んだのも束の間、工房に帰って改めて調べてみると、これがッ!! 「刈安」ではなく、「西蕃蜀黍(セイバンモロコシ )」という、似ても似つかない帰化植物でした。

    ダメですねぇ。生来の都会ッ子は—。

    考えてみれば、子供のころから身近に野草や山菜と呼ばれる植物が一切ありませんでした。あったとしても、その名も不明な帰化植物ばかり。この歳になって、また勉強が必要そうです。

    でもッ!! 考え方を変えてみれば、現在、身近にある帰化植物(園芸植物を含め)のほとんどが、化学染料が主流になった明治以後に日本にやってきたものばかり。ってことは、その多くが草木染に試されたことのない植物ってことなのです。現に、この「西蕃蜀黍」を調べてみても、草木染に関する情報がありません。これはッ!! やってみる価値がありそうです。

  • 時の流れは早いもの

    時の流れは早いもの

    先日、氏神様の夏祭りがありました。この祭りを飾るのが「だいがく」と呼ばれる高さ約20mほどの柱に70個もの提灯を付けた櫓。

    今では、すっかり大都会の一部になったこの辺りですが、明治時代のころまでは農村だったらしく、この「だいがく」は、たわわに実った作物を提灯で表し、豊作と雨を祈願したものだそうです。


    僕が生まれて間もなくの1972年には大阪府の有形文化財に指定されています。ちょうどそのころ、僕は父に肩車されて、この「だいがく」を見ていました。その後は親とではなく、近所の友達と行くようになり、高校生になれば彼女と一緒、そして妻、さらに息子を肩車していくようになりました。時代とともに一緒に見る人が変わり、今年は息子も「お祭りは友達と一緒に行くからなッ!」と、もう僕とは行ってくれなくなりました(涙)。

    今年はかつてのように妻と二人きり。さみしくもあり、うれしくもあり――。そんな気分の僕に妻が「しばらくは、この状態やでぇ。奥さんのこと、大事にしときやッ!!」と。確かに孫と一緒に来るには、まだまだ時間がありそうなので、今はこの時を楽しもうと思います。それにしても 時の流れは早いものです。

  • 藍のパッチワークTシャツ

    藍のパッチワークTシャツ

    以前にも書きましたが、生地を染めてTシャツなどを縫っていると、必然的に増えてくるのがハギレです。一枚一枚、天然染料で手染めしているだけに、なかなか捨てることができません。かといって、伸縮性のあるニット生地が多いので、小さなカバンのようなものを作ることもできません。なので、ハギレが溜まる一方です。

    そこで、思い切ってハギレを繋ぎ合わせて “パッチワークTシャツ” を作ることにしました。まずは、藍で染めたニット生地ばかりを集めたTシャツです。最初に、できあがりのイメージにハギレを並べてみます。

    藍のパッチワークTシャツ

    次に、完成の一歩手前まで縫ってから、抜染糊を使って模様を描き加えます。抜染を終えて脇を縫い合わせれば完成です!

    藍のパッチワークTシャツ