カテゴリー: 物づくり紀行

今も、物づくりやデザインの発想を得るため、また自らの感性を確かめ、育てるために、各地を訪ねています。そうした旅の途中で出会った風景や土地の気配、人の営みを綴った紀行文が「物づくり紀行」です。ひとつ屋主催の「壱つ屋染太郎」が、制作の背景にある時間として、各地で感じたことを書き残しています。

  • 『あべのハルカス 三十六景』 第九景 「天神ノ森」

    『あべのハルカス 三十六景』 第九景 「天神ノ森」

    葛飾北斎の『富嶽三十六景』にちなんで始めた『あべのハルカス 三十六景』。第九景となる今回は、ハルカスの西南に位置する「天神ノ森(てんじんのもり)」 からの眺めです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第九景 「天神ノ森」
    小さなマンションや古い家並みの向こうに聳え立つハルカス――。ここ「天神ノ森」は、一見すると“森”には程遠い風景ですが、この地名の由来になったのが、町内の一角にひっそりとたたずむ「天神ノ森天満宮」です。

    『あべのハルカス 三十六景』 第九景 「天神ノ森」

    『あべのハルカス 三十六景』 第九景 「天神ノ森」

    村の鎮守の神さまのぉ~♪♪  唱歌「村祭」に出てきそうな、素朴で質素な神社なのですが、その歴史は古く、応永年間(1394~1428年)に京都の北野天満宮の分霊を奉斎したもので、現在の本殿も300年以上前の元禄15年(1702)に建てられたものだそうです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第九景 「天神ノ森」
    さらに、今はやりのパワースポットとしても有名らしく、境内にある「子安石(こやすいし)」は、豊臣秀吉の側室であった淀殿(よどどの)が懐妊された時に、この子安石に安産を祈願し、無事に秀頼を出産したといわれています。

    ハルカスを望むこんな場所に天下を揺るがした人物にまつわる小さな社があるなんて、ちょっと驚きです。

  • 『あべのハルカス 三十六景』 第八景 「阿部野再開発地区」

    『あべのハルカス 三十六景』 第八景 「阿部野再開発地区」

    葛飾北斎の『富嶽三十六景』にちなんで始めた『あべのハルカス 三十六景』。第八景となる今回は、ハルカスのお膝元である「阿部野(あべの)」からの眺めです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第八景 「阿部野再開発地区」
    最上部をキラキラと輝かせながら街の明りのなかで幻想的に浮かび上がるハルカス――。ここはハルカスの、すぐ西南側に位置する阿部野再開発地区。1976年(昭和51年)に始まり、35年以上の時を費やしてようやくその全貌が出現しようとしています。

    僕が高校生のころには、古い家々が建ち並ぶエリアだったのが、今では近未来チックな風景を見せてくれます。35年とういう時間の大きさを感じさせてくれます。ただ、その一方で人情味あふた“下町風情”が失われたのは残念なことです。

    いよいよ、あと数日でハルカスの
    デパートもオープンします。

  • 初代 通天閣(大阪市)

    初代 通天閣(大阪市)

    大阪城とならぶ “なにわのシンボル” といえば、なんといっても「通天閣(つうてんかく)」です。このブログでも何度も紹介していますが、今回は少し視点を変えて、初代 通天閣について紹介します。

    ▼ これが初代の通天閣です。
    初代 通天閣(大阪市)

    この通天閣が建てられたのは、今から100年以上も前の明治45年(1912)、第5回内国勧業博覧会の跡地に造られた「新世界ルナパーク」という遊園地のシンボルとして建てられました。パリの「凱旋門」の上に「エッフェル塔」を乗せたという、ちょっと変わったデザインで、その高さは64m。当時としては東洋一のタワーとなりますが、本家のエッフェル塔が312mというから、5分の1ほどしかありません。それでも、当時の日本人には驚きで、通天閣から伸びる「針金渡り(ロープウェイ)」と呼ばれるアトラクションが人気を博したそうです。

    ▼ なるほど、凱旋門の上にエッフェル塔です。針金渡り(ロープウェイ)も写っています。
    初代 通天閣(大阪市)

    ちなみに、ルナパークには「サークリングウェーブ」と呼ばれる波動回転する遊戯や「不思議館」や「美人探検館」なるものがあり、当時は「低俗!!」との批判を受けたそうです。それでも、連日、多くの人でにぎわいました。その人気は大正時代の終わりまで続きますが、次第に下火になります。

    ▼ これが「ルナパーク」です。
    初代 通天閣(大阪市)

    さて、『通天閣』はというと、その後に建設された温浴施設とともに、その後も人々に愛されます。しかし、太平洋戦争が始まり、大阪への空襲が激しくなると、爆撃目標にされることを恐れ、全体を目立たない色に塗られます。しかし、皮肉にもその最期は空襲でなく、昭和18年(1943)1月、足元にあった映画館からの出火で全焼――。同年2月には解体され、スクラップとなった通天閣は、戦時下ともあって大阪府に供出されてしまいます。

    その総量は300トン。一説によると、出火原因は金属不足に悩む軍部による放火だったとか――。あくまで噂で、その真相は歴史の闇の葬られてしまいました。

    太平洋戦争末期、度重なる空襲で焦土と化した通天閣周辺ですが、戦後、街の復興とともに再建が望まれ、昭和31年(1956)10月に十数年の時をへて人々の前に姿を現し、現在にいたるまで大阪の人々に親しまれています。

    ▼ 二代目、現在の通天閣。
    初代 通天閣(大阪市)

    2代目の通天閣は初代をはるかに超える高さ103mと、その威容は名実ともに“なにわのシンボル”となりましたが、再建から50年の時が過ぎた今では、ビルの谷間に垣間見える存在になってしまいました。それでも、今なお人々に愛されている通天閣。平和のうちに100周年を迎えたいものです。

    ※ 通天閣の古い写真は、ジャンジャン横丁(商店街)で公開されていたものです。

  • 『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」

    『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」

    葛飾北斎の『富嶽三十六景』にちなんで始めた『あべのハルカス 三十六景』。第七景となる今回は大阪市の西南部を流れる木津川に架かる「新木津川大橋」からの眺めです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」

    『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」
    両岸に工場が建ち並ぶ木津川は、古くから人の手によって開削された、いわば“人工の川”です。この写真を撮った新木津川大橋の付近は最も河口で、海の香りが漂い、潮の干満の影響を受ける汽水域です。

    江戸時代には、菱垣廻船(ひがきかいせん)や樽廻船(たるかいせん)が往来し、錦絵(浮世絵)にも描かれるほど風光明媚な場所で、人々が夕涼みを楽しんだようです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」


    時代は下って、第一次世界大戦後--。両岸に数多くの造船所が建設されて重工業地帯として変貌していきました。同じころ、この橋のたもとには「木津川飛行場」という空港があったようです。最盛期には大阪と東京、福岡を結ぶ旅客機も就航していたそうです。

    『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」

    ▼ 木津川飛行場(1929年/昭和4年)
    『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」

    しかし、前回の『あべのハルカス 三十六景』 第六景 「津守新田物語」でも書いたとおり、恐らくここも室戸台風で大きな被害を受けたのでしょう—、台風に襲われた1934年(昭和9年)には八尾空港に、さらに’35年には伊丹空港へと、その機能が移されて閉鎖されてしまいます。今では、この上を大きなジェット機が関西国際空港(関空)に向けて過ぎていきます。

    時代とともに、その役割りを変化させてきた木津川――。この写真を撮った新木津川大橋も、完成した1994年(平成6年)当時、国内では最長のアーチ橋だったそうです。産業構造が変わってしまった今、この辺もかつての賑わいを失ってしまいました。

    でも、僕が子供のころには生き物も住めないほどに汚された“死の川”だったのが、今では随分ときれいになりました。いつの日か、江戸時代のように、屋形船が行き交い、人々が夕涼みにくるような川になることを願っています。

  • 図録『インカ帝国展 マチュピチュ「発見」100年』

    図録『インカ帝国展 マチュピチュ「発見」100年』

    歴史的にはもちろんのこと、美術的にも、デザイン的にも、とても興味があるのが、かつて南米に存在した「インカ帝国」の文明。そんなインカの文明に関する展覧会が「京都文化博物館」で開催されていることを知り、早速!! 見に行ってきました。

    約160点という展示品のほとんどが日本では初公開。古代文明としてのインカの遺産ばかりではなく、スペインによる植民地時代の帝国の歴史など “世界史の中のインカ” を考察しています。その文明の高さと、自分たちとは違った思考のあり方に驚かされるばかりでした。

    そんな展覧会の図録が「ひとつ屋文庫」に所蔵されました。

    『インカ帝国展 マチュピチュ『発見』100年』展は、京都文化博物館で2013年6月23日(日)まで開催されています。機会があれば、ぜひ!! 行ってみてください。その後、福岡、鹿児島、沖縄と巡回します。詳しくは、ホームページ(http://www.tbs.co.jp/inkaten/)をご覧ください。