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  • “物づくり大国――日本”だった時代

    “物づくり大国――日本”だった時代

    私が生まれ育ったのは大阪市の西南部で、いわゆる工業地帯です。多くの家が1階が工場、2階が住居というもので、私の家も、このスタイルでした。工場でクレーンを使うと家は大きく揺れ、地震に気づかないこともしばしば。あちこちから槌音が響き、溶接の光や火花が身近にありました。土曜日の昼下がりともなると、工場で働く職人たちが昼寝をしていたり、将棋をしていたり—と、何ともいえない雰囲気で、学校帰りの子供たちに「ちゃんと勉強してきたんかいッ!?」などと声をかけてくれました。町工場の社長たちは毎晩のように呑み、競って機械を買い、工場を広げては自慢していました。あれから随分と時は過ぎ、そんな工場はマンションになり、職人たちも、威勢のいい町工場の社長の姿も消えてしまいました。
    この運河にも大きな船が行き交っていましたが、かつての賑わいは失われ、“物づくり大国――日本” だった時代は、私の記憶とともに遠い過去のものになったことを痛感させられます。


  • 大阪城

    大阪城

    大阪に生まれ育った者にとって、“大阪城”は通天閣と並んで特別な存在です。子供のころから遠足やデートなどで何度も訪れる場所であり、まさに“郷土のシンボル”といった感じ――(知らんけど)。今でも旅行や出張から帰ってきたとき高速道路から大阪城が見えると「やっと帰ってきたぁ~」なんて思います。
    先日、そんな大阪城を久しぶりに見ました。時間がなかったので、遠くから眺めただけですが、やはり「ええなぁ~。きれいなぁ~!」と感じます。雑多で派手なイメージが付きまとう“大阪人”ですが、私はこの城のように堂々とした品格をもちたいと今さら願っています。

    大阪城

    大阪城

  • 通学路

    通学路

    自宅から工房までの道は、かつては高校への通学路でした。自転車で25分ほどの道程ですが、通学から通勤と40年近く、今もこの道を通っています。ちなみに、高校生のころは17分で行けた道のりが、今ではどんなに頑張って自転車をこいでも25分はかかってしまいます――😬

    昭和から平成、そして令和へと、道すがらの風景は少しずつ変化し、今では日本一の高さを誇るビルを眺めながらの通勤になっています。ところが、この踏切の風景だけは当時のままで、今もマッチ箱のような小さなチンチン電車が通るのを見ると、ときにあのころのことを思い出します。

    私が通っていた高校は、専門的に物づくりが学べる特殊な教育内容で、国語や数学などの一般的な授業は半分で、残りの半分が物づくりのための授業です。しかし、それは工業科というものではなく、美術やデザイン、工芸という分野を各科に分かれてミッチリと勉強するという全国的にも珍しいものでした。一見すると楽し気な学校のようですが、できの悪い私は日々さまざまな課題や提出物に追われ、自らの技量やセンスの悪さを痛感させられることばかりでした。

    それでも、あの学校で学んだことが、今も“自分の物づくりの原点”にあります。あれから40年近くが過ぎ、歳を得て衰える発想力や体力が気になるようにもなりました。それでも、変わらなければならないこと、変わってはいけないことを見極めながら頑張ろうと思っています。

     

  • 師走ですよ!

    師走ですよ!

    バタバタというより、ドタバタと過ぎていった2022年も、あと1カ月となりました。みなさん! もう師走ですよ~。
    今年もまた「光陰矢の如し」と「“中年”老い易く学成り難し」を痛感するばかりでした。と、早々に締めくくりたいのですが、そういうわけにもいかず、今年最後のイベント「マルゼンボタンギャラリー」さんで開催される『クリスマス展(12月7日~12日)』に向けて、まだまだ頑張らなくてはなりません!

    師走ですよ!

  • “腐らず” “あわてず” やっていきます

    “腐らず” “あわてず” やっていきます

    前回の投稿について、思いかけず多くの方から励ましのコメントやLINEをいただきました。皆さまの優しさに改めて感謝を申し上げます。本当に!ありがとうございました!
    昔から自分の“弱さ”というか“繊細さ(笑)”が、ときにイヤになります。今は気を取り直して“腐らず”“あわてず”一つ一つを丁寧にやっていこうと思います!
    まずは、ひとつ屋で取り扱う染料の染め方をホームページや YouTube で紹介していきます。最初はリクエストの多い「乾燥藍葉染めの方法」です。すでに作業を開始しましたので、楽しみにしていてください!

    “腐らず” “あわてず” やっていきます