メニュー 閉じる

『あべのハルカス 三十六景』 第七景 「新木津川大橋」

葛飾北斎の『富嶽三十六景』にちなんで始めた『あべのハルカス 三十六景』。第七景となる今回は大阪市の西南部を流れる木津川に架かる「新木津川大橋」からの眺めです。


両岸に工場が建ち並ぶ木津川は、古くから人の手によって開削された、いわば“人工の川”です。この写真を撮った新木津川大橋の付近は最も河口で、海の香りが漂い、潮の干満の影響を受ける汽水域です。

江戸時代には、菱垣廻船(ひがきかいせん)や樽廻船(たるかいせん)が往来し、錦絵(浮世絵)にも描かれるほど風光明媚な場所で、人々が夕涼みを楽しんだようです。


第一次世界大戦以後、両岸に数多くの造船所が建設されて重工業地帯として変貌していきまた。同じころ、この橋のたもとには「木津川飛行場」という空港があったようです。最盛期には大阪と東京、福岡を結ぶ旅客機も就航していたようです。

木津川飛行場(1929.年/昭和4年)

しかし、前回の『あべのハルカス 三十六景』 第六景 「津守新田物語」でも書いたとおり、恐らくここも室戸台風で大きな被害を受けたのえしょう・・・、台風に襲われた1934年(昭和9年)には八尾空港に、さらに’35年には伊丹空港へと、その機能が移されて閉鎖されてしまいます。今では、この上を大きなジェット機が関西国際空港(関空)に向けて過ぎていきます。

時代とともに、その役割りを変化させてきた木津川――。この写真を撮った新木津川大橋も、完成した1994年(平成6年)当時、国内では最長のアーチ橋だったそうです。産業構造が変わってしまった今、この辺もかつての賑わいを失ってしまいました。

でも、僕が子供のころには生き物も住めないほどに汚された“死の川”だったのが、今では随分ときれいになりました。いつの日か、江戸時代のように、屋形船が行き交い、人々が夕涼みにくるような川になることを願っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。