投稿者: hitotsuya

  • 藍の花が咲いたーー。

    藍の花が咲いたーー。

    秋の彼岸も過ぎて、随分と涼しくなった今日このごろ。ついに “藍の花” が咲きました。というより、咲いてしまいました。藍は花が咲く前に収穫しなければならないのに—。紫蘇のような、水引のような小さな花が、あちこちで咲いています。

    藍の花が咲いたーー。

    藍の花が咲いたーー。

    思い返せば、今年の春、ご近所の家庭菜園の一角を貸していただいてスタートした【ひとつ屋染織農園】。そこに最初に植えたのが「藍」でした。どうやって栽培していいのかも分からずに始めたのですが、試行錯誤の末、三度も収穫することができました。

    収穫後に「泥藍」を作りました。
    藍の花が咲いたーー。

    夏の終わり、忙しさにかまけて最後の収穫をするのが遅れてしまったので花が咲き、あわよくば、このまま種が採れるかな—などと思っていましたが、三度も収穫した藍では種がとれないそうです――😭 種をとるためには “種用” として育てる株を置いておかなければならないとか。考えてみれば、葉も種もでは欲ばりすぎ。まだまだ勉強が必要ですね。いや始まったばかりでした――😅

  • ベンガラと松煙(墨)によるロウケツ染めTシャツ(part1)

    ベンガラと松煙(墨)によるロウケツ染めTシャツ(part1)

    少し前に『天然顔料によるロウケツ染め』 と題して、弁柄(べんがら)や黄土(おうど)などの天然顔料を使ったロウケツ染めについて書きました。あくまでも実験的な試みだったのですが、思った以上に、よい感じだったので、今度は本格的にTシャツを作ろうと思い、作業を開始しました。


    【天然顔料によるロウケツ染めの方法】


    今回も前回と同様に、ちょっとアフリカっぽい感じのデザインです。というのも、僕のなかで“土顔料染め”といえば、“アフリカの泥染布”が連想され、ついつい それっぽいデザインになってしまいます。それでは、早速!! 作業開始です。

    ▼ まずはニット生地に下絵を描きます。

    ベンガラと松煙(墨)によるロウケツ染めTシャツ(part1)

    ▼ 下絵にそって蝋(ろう)を置いていきます(防染力を高めるため、二度の蝋置きをします)。

    ベンガラと松煙(墨)によるロウケツ染めTシャツ(part1)

    ▼ 蝋で囲んだ部分を天然顔料で染めていきます。

    ベンガラと松煙(墨)によるロウケツ染めTシャツ(part1)

    ▼ ちなみに、こんな刷毛(はけ)を使って顔料を刷り込むように染めていきます。

    ベンガラと松煙(墨)によるロウケツ染めTシャツ(part1)

    今日の作業は、ここまでです。焦る気持ちを抑えて、土顔料で染めた部分が充分に乾くのを待つとしましょう。これが乾燥したら顔料の上から蝋で伏せ、布全体を浸染します。その作業は次回です。お楽しみにッ!!

  • あべのハルカスと柿渋染め

    あべのハルカスと柿渋染め

    初夏の爽やかな風は、もちろん大好ですが、秋の陽射しも、いいですねぇ。歳をとったせいか、最近では、秋のほうが好きくらいです。

    今日は、そんな陽射しのもと、柿渋染めの天日干し。柿渋染めは、日光に当てるほど色が濃くなるからです。

    あべのハルカスと柿渋染め

    そんな伝統的な染色をしている ひとつ屋の物干し台からは、日本一の高さを誇る “あべのハルカス” が真正面に見えます。

    あべのハルカスと柿渋染め

  • 西洋アカネを栽培する

    西洋アカネを栽培する

    さっき、こんなものが自宅に届けられました。なんだと思いますか?
    答えは「西洋茜(セイヨウアカネ)」の苗です。

    草木染(植物染料)に興味のない人にとっては、「な~んだ」ってものだと思いますが、僕にとっては待ちに待った お宝です。西洋茜が自家栽培できれば、すっごく楽しいと思いませんか!? (そんなこと思うのは、僕だけか――😲)

    ちなみに、下の写真は「日本茜」です。【ひとつ屋染織農園】では、すでに栽培しています。よく観察すると、日本茜より西洋茜のほうが、葉が細いんですよ。

     

    ▼西洋茜の葉

    茜には、このほかにも 「インド茜」という種類があります。これらの違いは、最も色が淡い(薄い)のが「日本茜」。もっとも赤みが強いのが「インド茜」。そして、インド茜に比べて黄色みがあるのが「西洋茜」です。しかも、「西洋茜」は、日本茜よりも根が太く、色素成分も多いとか—。

    それぞれの良さを生かしながら、もっと深く天然染料を楽しもうと思います。まずは栽培を頑張ります。

  • 元 住友家本宅内ビリヤード場(玉突場)

    元 住友家本宅内ビリヤード場(玉突場)

    かつて繊維産業で活況を呈した大阪。その名残りで、今も大阪の中心部、本町(ほんまち)辺りには、たくさんの繊維問屋があります。さすが、問屋街だけあって品揃えが豊富で値段も安い!! さらには縫製にかかわる道具を扱う店も多いので、時間さえあれば、この街をブラブラしています。

    先日も、工房からブラブラと自転車で行き、お目当ての店で買い物を済ませてから、またブラブラとしながらの帰路のこと、大阪のド真ん中、ビジネス街の片隅で、こんなものを見つけました。

    元 住友家本宅内ビリヤード場(玉突場)

    はやりのレストランか結婚式場かと思いきや!? 案内板には 『元 住友家本宅内ビリヤード場(玉突場)』と書かれています。さらに、案内板には以下のようなことも書かれていました。

    元 住友家本宅内ビリヤード場(玉突場)

    江戸時代、世界有数の銅の産出国であった日本。その中心地が大阪であり、この場所にあった「住友長堀銅吹所(1636年開設)」は、わが国でも最大の銅精錬所で、国内の1/3の銅を精練していたそうです。ちなみに、ここには銅吹所や店舗のほかに、住友家の邸宅が隣接しており、それらを含めた面積は約4000㎡、1200坪を越えていたそうです。

    銅吹所は明治9年に閉鎖されたそうですが、住宅は1915(大正4)年までは本宅として、昭和20年までは別邸として存在しました。このビリヤード場は、銅吹所の跡地に造営された庭園の東側に建てられたもので、玄関のアーチや円柱の飾りは洋風であるのに対し、壁は漆喰の土蔵造り、屋根は日本の瓦葺きです。洋風と日本の技術で表現した“擬洋風”と呼ばれるもので、明治初期の文明開化期によく見られた様式です。ちなみに、独立建物のビリヤード場としては、わが国最古のものだそうです。

    ▼ 阪市立美術館の裏にある 「慶沢園」。
    元 住友家本宅内ビリヤード場(玉突場)

    ちなみに、大阪市立美術館の裏にある 「慶沢園(けいたくえん)」 は、元来 この地から移転した住友家茶臼山本邸の庭であり、大正14年に住友家が神戸に移転するにともなって大阪市に茶臼山と屋敷とともに寄贈されたものです。後に、この庭園を生かした美術館が建設され、今も大阪市民の憩いの場となっています。

    なんの気なしの散歩の途中に発見した 『元 住友家本宅内ビリヤード場(玉突場)』 ですが、今ではビルの谷間にひっそりとたたずむ小さな建物になってしまいました。しかし、そんな小さな建造物に、江戸から明治、大正、昭和、そして平成—と、今につながる大阪の歴史と、これを操った豪商の暮らしを垣間見たような気がします。