二階の片隅に三畳ほどの小さな部屋があります。古い家なので大小さまざまな部屋があるのですが、特に小さなこの部屋は何のためにあるのか分かりません。古い照明器具がポツンとあるだけで、かつては物置きにしていたのか、それとも布団部屋か—? でも、そのどちらも違う場所にあるので、そうでもなさそうです。ともかく、小ぎれいな部屋だし、古民家には珍しくアルミサッシの窓が付いているので隙間風もないので、ここをプチリフォームで寝室にしようと思います。楽しみにしていてください!




二階の片隅に三畳ほどの小さな部屋があります。古い家なので大小さまざまな部屋があるのですが、特に小さなこの部屋は何のためにあるのか分かりません。古い照明器具がポツンとあるだけで、かつては物置きにしていたのか、それとも布団部屋か—? でも、そのどちらも違う場所にあるので、そうでもなさそうです。ともかく、小ぎれいな部屋だし、古民家には珍しくアルミサッシの窓が付いているので隙間風もないので、ここをプチリフォームで寝室にしようと思います。楽しみにしていてください!




12月に入って寒い日が続き、ようやく桑の葉も色づき、落葉し始めました。今日は天気が良いので、すべての葉を落とし冬の剪定をしてから春に備えます。


剪定した枝で紙を作ろうと思っています。といっても、桑でも紙(和紙)が作れるらしいということだけで、何の知識も経験もないので、YouTubeやネットで参考になる情報を集めてから作業しようと思っています。まずは試作で、後日その結果を報告します。

残っていた桑の葉も、すべて集めて堆肥にします。小枝は燃して灰にし、畑の肥料にします。

すべての作業を終えて、桑畑もきれいになりました。いよいよ来年は本格的に養蚕を開始します!


こうして田舎暮らしをしていいると“有機物(動植物体を構成している物質)=エネルギー”ということを強く感じます。田畑での作物を食べて私たちの体のエネルギーにするのはもちろんのこと、放棄竹林の竹や雑木林の柴は風呂やカマドの燃料になり、その灰は肥料になって土に返ります。有機物がカタチを変えながら、次なるものを育てるエネルギーになっています。あまり信心深いほうではありませんが、このサイクルに仏教でいう“輪廻”みたいなものを感じることがあります。
そして、最近は歳を得て自分もそのサイクルの一部だと思わされます――。

ひまわり油の最大の生産国がウクライナだと知って、春に“搾油用の ひまわりの種”をまきました。はじめは「ひまわりの種から油がとれればいいな」と、ちょっと安易な気持ちでしたが、戦争が長引くにつれ、それは複雑な思いへと変化していきました。
そして今朝、夏空にとても明るい花が咲き、まるでウクライナの国旗のようでした。その花が「ロシアひまわり」という種類であることが、とても皮肉に感じます――。風に揺れる屈託のない花が、一刻も早い平和の訪れを祈っているようです。




この家に越してきたときには、すでにボロボロで崩壊寸前だった竃(かまど)。竃で焚いたご飯を食べてみたい!という一心から、試行錯誤のDIYで何とか元の姿に復元しました。
▼ 引っ越ししてきた当時、ボロボロだった竈。修理の記録は、以前のブログ『へっついさん(かまどの修理)』をご覧ください。


そこで“竈と羽釜”でご飯を炊いてみることにします。「は~じめ ちょろちょろ なかパッパ 🎵」


▼ 炊きあがったご飯。ほんのりと、おこげも—😀
ついに! ご飯が炊けました。 まずは、シンプルに 🍙 塩むすびです!
▼ 野良仕事の合間、縁側で食べる おむすび は最高です😆
ボロボロの竈を見てから苦節数年――、ようやく竈で焚いたご飯に辿り着くことができました。 うまいッ😄 ほんとッ! おいしいんです 😭 各家電メーカーが“かまど炊き”などというキャッチフレーズの炊飯器を作るのが、わかったような気がします。

裏庭と里山の境にある大きな欅(けやき)――。春に芽吹いた葉が、夏に勢いを増し、秋には美しく紅葉したかと思えば、瞬く間にすべてを散らしてしまいます。その堂々たる姿と淡々とした営みは神々しくさえあり、どこか心の拠り所になっています。そして近ごろは、冬空の欅の大木を見上げては大切な人たちの平安を願っています。
※ 以前のブログ『我、欅のごとく。』もご覧ください。
